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親指シフトを他人に勧めるということ

親指シフトは使い慣れると、とても気持ちよく使えます。この経験を他人にも分かってほしい、と思うのは自然な感情です。「こんなに良いものを知らない人がいるのは残念だ」「他の人も使ってほしい」こんな気持ちは親指シフトを使っている人は、一度ならずとも持ったことがあるのではないでしょうか。

こういう気持ちを否定するものではありません。私も親指シフトユーザーとして、他人にも使ってほしいと思っています。「親指シフトのセールスマン」とも自称しています。

しかし、他人に何かを勧めるという行為は社会的なものです。特に具体的な形でやろうとすれば、それには社会的な責任が伴うと考えられます。親指シフトを勧める方々を見て考えたことを以下に述べます。

まず、どんなものでも他人に勧めることには責任があります。単に自分が使って良かったという物を勧めるのだったら、それは「押しつけ」と変わりません。それではどうすれば良いかと言うと、相手が納得するような考え方を提示して、疑問に対してきちんと答えられる、ということが最低限必要できることが必要です。

何かを勧めるという場合、「何か」だけでなく、「誰に対して」ということも大事なことを忘れてはいけません。

かつて信用金庫業界にその人ありと言われた、小原鉄五郎という人の言葉に「貸すも親切、貸さぬも親切」というのがあります。金融機関ですから、他人にお金を貸すことは最も大事な商活動です。だからといって、相手のためにならないお金を貸すことは商売の原則から外れる、という炯眼です。

これに関連して、私が思っていることに「自分が影響力を持っている人たちに対してむやみに勧めてはいけない」ということがあります。たとえば、こんなことです。私は、公務員をして働いた後に大学教員になりました。先生になって驚いたことにひとつに、「学生は教員の言うことを実によく聞く」というのがあります。これは、もちろん成績評価のような権力を持っていることとも無関係ではないでしょう。だから、学生に対して、自分の良いと思っているものを勧めることは、よほど気をつけないと、せいぜい良くて個人の趣味の押しつけ、悪くすればハラスメントとなるおそれさえあります。

お金をとって親指シフトを勧めるというのなら、まだ分かります。相手はお金を出すということで、それなりの注意を払った選択をします。だから、勧める方もそれなりの責任を持っていると考えられます。これに対して、自分の影響力の及ぶ範囲で、自分の好みのものを勧めようというのは無責任でしょう。

何かを他人に勧めるというのなら、それに関連した知識・情報はできる限り知っている必要があります。それを使うことの効果はどれだけなのか、他に選択肢はないか、といった問に対して間違いなく、適切に答えられなければなりません。これには自分の経験だけで判断しては足りないことも多くあります。

たとえば、親指シフトでのキーボードの選択の問題があります。親指シフトは専用キーボードを使うのと、専用でないキーボードを親指シフトに無理やり合わせて使うやり方があります。私は前者ですが、後者のやり方をしている人も多くいます。私は親指シフト専用でないキーボードで親指シフトを使う人に対して、反対している訳ではありません。というか、他人がやることに対して、私が何かをいったからといって行動を変えられるものでもありません。ただし、人に勧めるということになれば、話は別です。

私の見るところ、親指シフト専用でないキーボードで親指シフトを使うことを他人に対して勧めている人の中には、専用キーボードを触れたこともない、と思われる人もいます。これは二つの点で問題だと考えます。

一つは、親指シフトは長い間、専用キーボードを使う人で支えられてきました。もちろん、現在でも専用キーボードを使用している人はたくさんいます。だから、専用キーボードは親指シフトの重要な構成要素なのです。人に勧めるのだったら、その部分に対する知識が全くないことは大きな問題です。

もう一つの問題は、キーボードというのは人間が手指で触れて操作して使うものだということです。このようなものは、人間工学的な配慮をきちんとしないと、健康被害などを起こす可能性があるものです。だから、用途外の使い方をするような使い方については、慎重にならないといけません。法律的に見ても、目的外の使用に起因する被害に対しては、救済の対象としないことが普通でしょう。こういう問題に無神経になってはいけないと私は思います。

これに関連して、キーボードの配列を変更したものを推す意見もあります。私はずっと昔に、そうした配列を提唱する人と議論したことがありますが、その配列は専用ではないキーボードを前提にしたものでした。つまり、親指シフトは使いたいが、専用でないキーボードではあちこち無理があるのを、なんとか配列の変更で乗り越えようというものです。私はこうした工夫を一概に否定するものではありませんが、それを簡単に他人に対して勧めようというのには、大きな違和感があります。端的に言えば、考え方の順序が逆じゃないかということです。

この問題は、根底には「キーボードが先かパソコンが先か」という問いがあります。専用キーボードに対して否定的な人は、往々にして「私の好きなこのパソコンで親指シフトを使いたいからこういうやり方をするとできるよ」という考え方をします。これはこれでひとつの考え方かもしれませんが、人間と機械のインターフェースを重視する考え方からは遠ざかっています。

高級キーボードで名前の高いHappy Hacking Keyboardの監修者である、和田英一博士は、有名なカウボーイと鞍のたとえで、ヒューマンインターフェースがユーザーから見て統一されていることの重要性を述べています。

親指シフトのユーザーからすれば、どんなパソコンを使っても同じユーザーインターフェースを提供するもっとも簡単な方法は専用キーボードです。実際、私はいろいろなOSのパソコンを使いますが、親指シフトで使うなら専用キーボードをつなぎます。

最後に、親指シフトを習得するための努力や時間について考えてみます。親指シフトも技能のひとつですから、使えるようになるには練習が必要です。このための努力や時間はもちろん、ひとによって異なるし、練習環境等にも左右されます。

実は親指シフトは、ローマ字入力やJISかな入力に比べて上達が速い、すなわち、覚えやすいということが分かっています。しかし、親指シフトを学ぼうとする人の声をSNSで見ると、結構難しい、なかなか覚えられない、といったものをよく見ます。これは、いろいろな要因によるものと考えられますが、私の見るところ、親指シフトを勧める人が「親指シフトなんて簡単に覚えられるよ」といったことを安直に言っているのを真に受けている可能性がある気がします。

「簡単に覚えられるよ」といって人に勧めたのに、その相手がなかなか上達しなくて苦労していても、あまり的確なアドバイスをできていないのではないか、という気がしています。

たとえば、親指シフトに限りませんが、タイピングを効率的かつ楽にするにはタッチタイピングの技術は必須です。タッチタイピングは、キーボードを見ないで打鍵することですが、これができない人に対してどんなに「キーボードを見るな」と言ったり、挙げ句の果ては目とキーボードの間に障害を作って見えないようにする、といったことをやっても効果は薄いでしょう。

そうではなくて、タッチタイピングを自然にやらざるを得ないような環境を作ることの方が効果的です。具体的には、キーボードとディスプレーを物理的に離せば、ディスプレーを見ることでキーボードは見えなくなります。この場合、肘の角度が90度になるようにすることが大事です。タッチタイピングの練習をするのにノートパソコンを使わせるなどということは、あってはならないことだと私は思っています。

タイピングの姿勢の大事なことは、労働安全衛生の面からも強調されます。使用者の健康を守るということだったら、強制してでもやらせるべきという理屈が成り立ちます。親指シフトの文脈で言えば、親指シフトを使うことが個人の生産性を上げる、というためだけだったら、勝手に好きな人がやればいい、ということになります。そうではなくて、親指シフトを使うことが(それも正しく)、使用者の健康にも大切だというのだったら社会的正当性をアピールすることができます。こうした社会的背景をよく理解した上で、親指シフトは他人に勧めるべきだと私は考えます。
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SugitaNobuki

Author:SugitaNobuki
杉田伸樹(ぎっちょん)
親指シフトの普及活動を続けています。
約38年の公務員生活を終え、現在は大学教員です。

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